葬儀社の方と色々とすぐに合意しなければならないことがあります

1999年に父が亡くなった時の葬儀の体験です。

病気(肺がん)でおよそ1年の闘病の末だったので、ある程度覚悟はできていたのですが、実際に葬儀で喪主をつとめるのは人生で初めての体験(世の中のたいていの方はそうだと思いますが)だったので、ただただあわてるだけでした。

葬儀は浄土真宗の仏式で、私どもの田舎で行われている流儀に従ったものでした。

幸いなことに小中学校の1年先輩が葬儀社に勤めておられていたため、その先輩に全ての段取りを依頼しましたのですが、葬儀社の方と色々と合意しなければならないことが結構あることに驚いたことを覚えています。(それも数時間の間に)

 

まず最初に、病院から父の遺体をどこに運ぶかを決めなければなりませんでした。

通夜、葬儀をどこで行うかを決めるということです。法律で車で死体を運ぶための手続き等があるということを初めて知ったのですが、通夜、葬儀の場所を決めるというのは結構迷われる方がいるのではないかと思います。

都会では葬儀社所有の葬祭場でというのが一般的かと思いますが、田舎では自宅や普段御世話になっている寺院でという選択もありえますよね。

 

私の場合は、当日夜に自宅で通夜をとりおこない、翌日昼に御世話になっているお寺で告別式をしました。

そのあとで市が運営している火葬場で火葬し、先祖代々が眠る墓に父の遺骨を納めました。

 

通夜は父の思い出がつまっている自宅で実施できたので、そういう意味では満足していますし、父も喜んでくれたことと思います。

しかしながら、そんなに大きな家ではありませんので、たくさんの会葬者の方に何回かに分けて読経に参加いただく等しなければなりませんでした。

田舎では、そのようなやり方をする所も多いと聞きますが、通夜に参加していただく方の中には1時間くらい家の外で待っていただかなければならなかった方もおり、その点では御迷惑をおかけしたかなという気もしています。

9月下旬ということで暑くもなく寒くもない頃でよかったのですが、季節や天候によっては通夜に来ていただく方への気遣い等も必要なのではないかと思いました。

自宅での通夜や葬儀は、想定される会葬者の数を考えておかないと思わぬ混乱を招く可能性があるかと思います。

 

通夜の後は自宅で眠ることなく、翌日まで父の顔を眺めていました。

体がもたないから休んだほうがいいと言ってくれる人もいましたが、明日の今頃にはもう父のこの姿を見ることが出来ないのかと思うと、たとえ遺体とはいうものの離れがたい思いがあったのです。

翌日の告別式は町内のお寺で行いましたが、お寺という建物は非バリアフリーな構造なところが多いので、葬儀に来ていただく中にお年寄りや障害のある方がいらっしゃる場合は、その点での配慮も必要だと思いました。

以上、私の父の葬儀の体験談です。

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*