良い葬儀とは?葬儀での反省と今後のためのアドバイス

母の葬儀での反省点は、どんな葬儀をしたかったのか生前の母から全く意向を聞いていなかったこと、その手掛かりもなかったということが、一番でした。

まだ母が病気になる前、元気だったころに、エンディングノートを買ってきたと話していたことがありました。

亡くなった後、葬儀の準備に際してそのノートを探し出したのですが、残念ながら必要なことはまだ何も記入していない状態でした。

病気になって以降は、あまりに死が現実的になってしまったので、書くことができなくなってしまったのだと思います。

私たち家族も口に出すことができず、聞く機会を失ってしまいました。

 

葬儀は母が入会していた葬祭互助会に依頼してやっていただきました。

担当の方は本当に心ある対応をしてくださり、大体においては満足だったのですが、今考えてもやはり費用が掛かり過ぎで、その原因が先に書いた「本人の意向がわからなかったこと」なのです。

葬儀の流れとともに振り返ってみると、まず遺体を自宅に搬送し安置する時から費用は発生していました。

白い掛け布団やドライアイス、仮祭壇の仏具や花など。あとから確認すると、意外なほど高価なものもありました。

そして、遺体を清める『湯灌』の方法(ただ、清拭するだけのものと、湯船を運び込んで実際にお湯に入れて清めるもの)や、遺影の体裁や額、死装束の素材や色、棺とその上に掛ける布の材質など、葬儀に使うほぼすべてのものが、価格によって内容が変わってくるので、その度に選択しなければなりません。

しかもそれはごく短い時間内で決定を迫られます。

 

母がどんな葬儀にしたかったのか手掛かりもなかったので、できるだけ良いものを着せてあげようとか、持たせてあげようと選んでいった結果、合計費用がかなり高額になってしまいました。

葬儀を出すというのは、たいていの人にとって初めてのことで、細かなことも多く限られた時間内で気も手も回らないのが普通です。しかし、すべてのことを滞りなくこなしていかなければなりません。

そうなると、やはりプロの方にいてもらうことは必要不可欠で、互助会などに入会しておくのは良い選択だったと思います。

 

けれども一方で、次々に費用を上乗せさせられてしまったという感じも否めません。

そしてそれは、こちらの側にも責任があることなのです。

亡くなった本人が、どんな式を望み、どんなふうに見送られたいかをもう少しわかっていたら、本人が望むところには費用をかけ、そうではないところにはもっと上手なお金の掛け方で葬儀を出すことができたと思います。

高齢の親を持つ方には、病気になる前、親がまだ元気なうちに、葬儀について話す機会を持つことをお勧めしたいと思います。

それが、本人にとっても残される側にとっても、心残りのない良い葬儀を出せる秘訣のような気がします。

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